後になってから、烏帽子岳という名がついたけれど、むかしは、ただ三角形の山としか、知られていませんでした。山がはじめて、地上に生まれたとき、あたりは、荒涼として、なにも、目にとまるものがなかったのです。
そのとき、はるか北の方に、紫色の光る海が見えました。
「あれは、なんだろう。」と、山は思いました。この大自然について、なにも知らなかった山は、日が出て、やがて日の暮れるまでの間に、いくたびとなく、かわる海の色を見て、ふしぎに感じたのです。しかし、からだのうごかされぬ山は、ただ、いろいろと、自然を空想するばかりでした。
「どうすれば、あすこに、いくことができるだろうか。
そのとき山は、大きな風がふいて、自分をうごかしてくれはせぬかと思いました。しかし、かつてそんなような、大きな風のふいたことがありません。こうして、ひとりぼっちでいる山は、そのころ、海だけが、なんだか自分と運命を一つにするような気がして、どうか、おたがいに、知り合いに、なりたいとねがいました。
大空をあおげば、星が毎夜のごとく笑ったり、目で話をしたりしますけれど、山はもっと身近に、友だちを持ちたかったのでした。
ある日、海の色が、とりわけ、きれいにさえて見えたのです。山は、なにか海が、自分にあいずをするのだと思いました。だから、自分もわらって答えました。そして、その日から、二人はいくらか、知り合いになったという感じがしました。
なにごとによらず、こうありたいと、熱心に仕事をすれば、いつか、かならず成功するものです。人間が遠くから、たがいに話ができるようになったのも、電気を発明したからで、やはり自然の大きな力を、知ったからであります。
谷からわき上がる雲が、自由にうごけるところから、山は雲を使いにたてることを、考えつきました。そして、あるときは、山から海へ、また、あるときは、海から山へと、雲は往来したのでした。