村に、おいなりさまの小さい社がありました。まずこの話からしなければなりません。
昔、一人の武士が、殿さまのお使いで、旅へ出かけました。思いのほか日数がかかり、用がすんで、帰途につきましたが、いいつけられた日までに、もどれそうもありませんでした。そのうち、あいにく雪がふりだしました。北国の冬の天気ほど、あてにならぬものはありません。たちまち雪はつもって、道をふさぎました。
ある日の晩がた、ようやく武士は湖水のあるところまで、たどりつきました。おりから雪はやんで、西の山のはしが、明るく黄色にそまり、明日は天気がよさそうです。そして、行く手の村々は、白々とした雪の広野の中に、黒くかすんで見えました。
「ああ、この湖水がわたれるなら、早く帰れるだろうに。」と、湖水の方をながめて、ため息をつきました。
このとき、一ぴきのけものがどこからか飛びだして、雪をけたてて、湖水を横ぎり、たちまち姿を消してしまいました。
「や、いまのは、たしかにきつねであった。きつねが通ると、水は凍って、人も渡れるという。神さまがあわれんで、助けてくださるというお告げであろうか。」と、武士は思い、その夜はここで明かしました。
翌朝見ると、はたして湖水の面は、鏡のごとく光って、かたく張りつめた氷は、武士をやすやすと、むこうの岸まで、渡らせてくれたのでした。
この、いなりの社は、武士が、お礼に建てたものだといいつたえられています。