李さんが、この町にすんでから、もう七、八年になります。いまではすっかり町の人としたしくなって、えんりょ、へだてがなくなりました。工場へつとめ、朝出かけて晩に帰ってきます。
休みのときは、よく近所の源さんのところへあそびにいきました。この二人は、わけて仲がよかったのです。源さんは会社につとめて、ごくほがらかな性質でありましたが、李さんはそれにくらべて口数の少ない、うちきなところがありました。
二人は、顔を見ると、将棋をさしました。源さんのほうが、いくらか李さんよりは強いようでした。しかし、李さんは、音楽にも趣味をもっていて、ラジオで、歌を放送するときなど、将棋をさしながら、自分の駒がとられるのも知らず、歌のほうに気をとられていました。あるとき、朝鮮の歌が、若い女の人に歌われました。
李さんは、目に涙をためて聞いていました。
「李さん、あれはどんな歌かね。」と、源さんがきくと、李さんは、さびしく笑って、
「鳥、鳥、どこへいく、あちらの山へというような歌ですよ。」と、答えました。
「ははあ、どこの国も、子守唄は、かわらないんだね。
「そうですとも、私、子供の時分に、おばあさんが、よく歌ってくれました。
「李さんは、クラリネットが、うまいそうだが、ひとつきかせておくれよ。」と、源さんがいいました。