さびしいいなかながら、駅の付近は町らしくなっていました。たばこを売る店があり、金物をならべた店があり、また青物や、荒物などを売る店などが、ぼつり、ぼつりと見られました。そして、駅前から、あちらの山のふもとの村々へいく、馬車がとまっていました。いぜんには、バスが往復していたが、戦争がはじまってから、馬車にかわったのでした。
もうほどなく、馬車が出るというので、待合室にいた人々が、箱の中へはいりかけました。なかには大きな荷物をかかえた男がいました。たぶん山間の農家へあきないにいくのでしょう。またはでな日がさを持った、若い女がいました。これは、町へ出て働いているのが、法事かなにかあるので、休暇をもらい、実家へ帰るのかもしれません。ほかに一人、やぶれた学生服を着た少年が乗りました。少年は、このへんのもので用たしにどこへかいくのか、それとも、早く家を出かけて、もう用事をすまして、帰るみちなのかもしれません。それらの人たちといっしょに乗ったのが、このほど戦地から帰還した秀作さんでありました。
いま、お話するのは、その秀作さんのことであります。秀作さんは、やはりあちらの山のふもとに生まれたのでした。幼児のころ父をなくして、その後は、ただ母親一人の手にそだてられて大きくなりました。そして、十五、六のころ、遠い町のほうこうにやられて、そこで一人前の職工となったのですが、かたときも忘れなかった、なつかしい母は、その間に死んでしまいました。
こんど、戦争がはじまると、秀作さんは、寄留先から召集されて、勇ましく出征したのであります。
あのはてしない戦線で、あるときは、にごった大きな川を渡り、あるときは、けわしい岩山をふみこえて、頑強にていこうする敵兵と、すさまじい砲火をまじえ、これを潰滅し、逃げるをついげきして、前進、また前進したのでありました。