昔の人は、月日を流れる水にたとえましたが、まことに、ひとときもとどまることなく、いずくへか去ってしまうものです。そして、その間に人々は、喜んだり、悲しんだりするが、しんけんなのは、そのときだけであって、やがて、そのことも忘れてしまいます。
この話も、後になれば、迷信としか、考えられなくなるときがあるでしょう。
わたしの兄は、音楽が好きで、自分でもハーモニカを吹きました。海辺へいっては砂の上へ腰をおろして、緑色のあわ立ちかえる海原をながめながら、心ゆくまで鳴らしたものでした。無心で吹くこともあったし、また、はてしない遠くをあこがれたこともあったでしょう。それは、夕日が花のごとく、美しくもえるときばかりでありません。灰色の雲が、ものすごく低く飛び、あらしの叫ぶ日もありました。
「正ちゃん、この海の合奏は、ベートーベンのオーケストラに、まさるともおとらないよ。人間が、いくらまねようたって、自然の音楽には、かなわないからね。」と、兄は、いいました。
戦争が、だんだん大きくなって、ついに、兄のところへも召集令がきました。わたしは、その日を忘れることができません。いままで、たのしかった、家の中は、たちまち笑いが消えてしまって、兄は、自分の本箱や、机のひきだしを、片づけはじめました。
「いけば、いつ帰るかわからないから、ハーモニカを正ちゃんに、あずかってもらうかな。
こうきくと、わたしは、兄の気持ちを考えて、しぜんと涙がわきました。
「にいさんが、帰るまで、なんでも、そのままにしておくよ。
「いや、もっと戦争が、はげしくなれば、この家だって、どうなるかしれんものね。
兄は、無事で帰れたなら、また勉強をはじめるつもりだったのでしょう。英語の辞書も、いっしょに渡しました。