とうげの茶屋·Ogawa Mimei

とうげの茶屋

とうげのちゃや

小川 未明(Ogawa Mimei)

intermediatechildren· 1977· 青空文庫 ↗

とうげの、中ほどに、一けんの茶屋がありました。町の方からきて、あちらの村へいくものや、またあちらの村から、とうげを越して、町の方へ出ていくものは、この茶屋で休んだのであります。

ここには、ただひとり、おじいさんが住んでいました。男ながら、きれいにそうじをして、よく客をもてなしました。お茶をいれ、お菓子をだしたり、また酒を飲むものには、あり合わせのさかなに、酒のかんをして、だしました。おじいさんは、女房に死なれてから、もう長いこと、こうしてひとりで、商売をしていますが、みんなから、親しまれ、ゆききに、ここへ立ち寄るものが、多かったのであります。おじいさんは、いつも、にこにこして、だれ彼の差別なく、客をもてなしましたから、だれからも、

「おじいさん、おじいさん。」と、いわれていました。

おじいさんも、こうして、いそがしいときは、小さなからだをくるくるさして、考えごとなど、するひまはありませんが、人のこないときは、ただひとり、ぼんやりとして、店さきにすわっているのでした。すると、いつとなしに、眠気をもよおしていねむりをするのでした。

もっとも、だんだん年をとると、こうして、ひとりでじっとしているときは、目をあけても、ふさいでも、おなじように、いつも夢を見ているような、また、うつつでいるような、ちょうど酒にでも酔っているときのような、気持ちになるのです。

おじいさんも、このごろ、こんなような日がつづきました。戸外は、秋日和で、空気がすんでいて、はるかのふもとを通る汽車の音が、よくきこえてきます。どこか、森で鳴く、鳥の声が、手にとるように、耳へとどきます。

おじいさんは、汽車の音がかすかになるまで、耳をすましていました。やがて、あちらの山の端を、海岸の方へまわるとみえて、一声汽笛が、高く空へひびくと、車が音がしだいにかすかに消えていきます。

「もう、汽車の窓から、沖の白い浪が見えろるだろう。

おじいさんは、自分が、その車に乗っているような気でいました。

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