お父さんが、夕方村会からかえって来て、こうおっしゃった。
「ごんごろ鐘を献納することにきまったよ。
お母さんはじめ、うちじゅうのものがびっくりした。が、僕はあまり驚かなかった。僕たちの学校の門や鉄柵も、もうとっくに献納したのだから、尼寺のごんごろ鐘だって、お国のために献納したっていいのだと思っていた。でも小さかった時からあの鐘に朝晩したしんで来たことを思えば、ちょっとさびしい気もする。
お母さんが、
「まあ、よく庵主さんがご承知なさったね。
とおっしゃった。
「ん、はじめのうちは、村の御先祖たちの信仰のこもったものだからとか、ご本山のお許しがなければとかいって、ぐずついていたけれど、けっきょく気まえよく献納することになったよ。庵主だって日本人に変わりはないわけさ。
ところで、このごんごろ鐘を献納するとなると、僕はだいぶん書きとめておかねばならないことがあるのだ。
第一、ごんごろ鐘という名前の由来だ。樽屋の木之助爺さんの話では、この鐘をつくった鐘師がひどいぜんそく持ちで、しょっちゅうのどをごろごろいわせていたので、それが鐘にもうつって、この鐘を叩くと、ごオんのあとに、ごろごろという音がかすかに続く、それで誰いうとなく、ごんごろ鐘と呼ぶようになったのだそうだ。しかしこの話はどうも怪しい、と僕は思う。人間のぜんそくが鐘にうつるというところが変だ。それなら、人間の腸チブスが鐘にうつるということもあるはずだし、人間のジフテリヤが鐘にうつるということもあるはずである。それじゃ鐘の病院も建たなければならないことになる。