ごんごろ鐘·Niimi Nankichi

ごんごろ鐘

ごんごろがね

新美 南吉(Niimi Nankichi)

intermediatechildren· 1986· 青空文庫 ↗

お父さんが、夕方村会からかえって来て、こうおっしゃった。

「ごんごろ鐘を献納することにきまったよ。

お母さんはじめ、うちじゅうのものがびっくりした。が、僕はあまり驚かなかった。僕たちの学校の門や鉄柵も、もうとっくに献納したのだから、尼寺のごんごろ鐘だって、お国のために献納したっていいのだと思っていた。でも小さかった時からあの鐘に朝晩したしんで来たことを思えば、ちょっとさびしい気もする。

お母さんが、

「まあ、よく庵主さんがご承知なさったね。

とおっしゃった。

「ん、はじめのうちは、村の御先祖たちの信仰のこもったものだからとか、ご本山のお許しがなければとかいって、ぐずついていたけれど、けっきょく気まえよく献納することになったよ。庵主だって日本人に変わりはないわけさ。

ところで、このごんごろ鐘を献納するとなると、僕はだいぶん書きとめておかねばならないことがあるのだ。

第一、ごんごろ鐘という名前の由来だ。樽屋の木之助爺さんの話では、この鐘をつくった鐘師がひどいぜんそく持ちで、しょっちゅうのどをごろごろいわせていたので、それが鐘にもうつって、この鐘を叩くと、ごオんのあとに、ごろごろという音がかすかに続く、それで誰いうとなく、ごんごろ鐘と呼ぶようになったのだそうだ。しかしこの話はどうも怪しい、と僕は思う。人間のぜんそくが鐘にうつるというところが変だ。それなら、人間の腸チブスが鐘にうつるということもあるはずだし、人間のジフテリヤが鐘にうつるということもあるはずである。それじゃ鐘の病院も建たなければならないことになる。

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