はじめ、私はこの一篇を、山媛、また山姫、いずれかにしようと思った。あえて奇を好む次第ではない。また強いて怪談がるつもりでもない。
けれども、現代――たとい地方とはいっても立派な町から、大川を一つ隔てた、近山ながら――時は晩秋、いやもう冬である。薄いのも、半ば染めたのも散り済まして、松山の松のみ翠深く、丘は霜のように白い、尾花が銀色を輝かして、処々に朱葉の紅の影を映している。高嶺は遥に雪を被いで、連山の波の寂然と静まった中へ、島田髷に、薄か、白菊か、ひらひらと簪をさした振袖の女が丈立ちよくすらりと顕われた、と言うと、読者は直ちに化生のものと想わるるに相違ない。
――風俗は移った。
天衣、瓔珞のおん装でなくても、かかる場面へ、だしぬけの振袖は、狐の花嫁よりも、人界に遠いもののごとく、一層人を驚かす。
従って――郡多津吉も、これに不意を打たれたのだと、さぞ一驚を吃したであろうと思う。
しかるに振袖の娘は、山姫どころか、(今は何と云うか確でない)……さ、さ、法界……あの女である。当時は、安来節、おはら節などを唄うと聞く、流しの法界屋の姉さんの仮装したのに過ぎない。――山人の研究を別として、ただ伝説と幻象による微妙なる山姫に対して、濫なる題名を遠慮した所以である。
それから――暑い時分だから、冷いことも悪くない。――南天燭の紅い実を目に入れた円い白雪は、お定りその南天燭の葉を耳に立てると、仔細なく兎である。雪の日の愛々しい戯れには限らない。あまねく世に知られて、木彫、練もの、おもちゃにまで出来ている。
玉子形の色の白い……このもの語の土地では鶴子饅頭と云うそうである、ほっとり、くるりと、そのやや細い方を頭に、緋のもみじを一葉挿して、それが紅い鳥冠と見えるであろうか?
気の迷いにもせよ、確にそう見えた、と多津吉は言うのである。
――聞きがきする私のために、偏にこれは御承認を願いたい。