お母さんは僕達の太陽·Ogawa Mimei

お母さんは僕達の太陽

おかあさんはぼくたちのたいよう

小川 未明(Ogawa Mimei)

intermediateessay· 1982· 青空文庫 ↗

子供は、自分のお母さんを絶対のものとして、信じています。そのお母さんに対して、註文を持つというようなことがあれば、それは、余程大きくなってからのことでありましょう。たとえば、お母さんに頼んだことを、きちんとしてもらいたいとか、また、他の教養あるお母さんのように、話が分ってほしいとか、もっと様子を綺麗にしてもらいたいとか、言葉使いなど上品にしてもらいたいとか、恐らく、この種のものでしたら、多々あることでしょう。しかし、要求を心の中に持つ場合があっても、冷かに批判的にお母さんを見るようなことはない。いつになっても、子供には、自分のお母さんが、絶対なものに見えるのであります。そして、それがほんとうと思われるのであります。

殊に、幼児の時分には、お母さんは、全く太陽そのものであって、なんでもお母さんのしたことは、正しくあればまた美しくもあり、善いことでもあったでありましょう。実に、子供の眼には、お母さんは、人間性そのものゝ化身の如く感ぜられるのです。お母さんの善いところは、汲んでも、汲み尽されない、その愛情にあります。お母さんは、子供のためなら、どんな苦しいことでも、厭といわれたことはない。正しくさえあれば、必ずして下さいます。

美しいといえば、お母さんのお顔です。そのお顔は、どれ程見ても、飽きないばかりか、しばらくそのお顔を見なければ、寂しさに堪えられなかったのです。そのお母さんに対して、何の註文のあろう筈がありましょうか。

もし、子供に、望みというものがあったら、それはいつもお母さんが、自分の傍にいて下さることだけです。世の中のお母さんは、すべて、この子供の心をよく知らなければならない。これを知ったなら、お母さんは、いつも公正であるであろうし、やさしくあるでありましょう。

子供が、外から家へ入って来る時、どれ程こみ上げる程のなつかしさを持っていたか知れない。戸口を跨ぐや否や「お母さん!」と、呼ばずにはいられないのです。

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